MLBをはじめとする北米4大スポーツが「人権」「ジェンダー問題」「暴力」などに厳しい姿勢を示し始めたのは、スポーツ界が「改心」したからではない。その背景に、スポーツビジネスの「グローバル化」がある。
白人だけ、黒人だけ、キリスト教徒だけ、イスラム教徒だけ、男性だけ、男女だけ、大人だけ、子供だけ、レベルの高い人だけ、初心者だけ、特定の国だけ、でしか行われないようなスポーツは、マーケットが小さいし、制約が多い。その上、そのスポーツから排除された人々が反発することが多い。
スポーツは「誰でも、どんなレベルでも、どこででもできる」ことが絶対的な条件となる。
「スポーツマンシップ」は、国境や人種の壁などを軽々と越えていくスポーツにとって大事な「共通の価値観」「コンセプト」をまとめたものだ。

アメリカのスポーツが、バイオレンスや人種差別に極めて厳しい態度をとるのは、それを認めることで多くの人々の反発を買い、マーケットを縮めてしまうからだ。
野球選手のDVに対して非常に厳しい処分を科すのは、それを許せば多くの女性の支持を失うからだ。
世界は今、グローバリズムと反グローバリズムのせめぎあいになっている。
中国やロシアなどの反グローバリズム国家、権威主義国家では、人々の自由な生き方、考え方を許さない。自由は制限され、人々は「国家権力に従う」ことを求められる。そういう国のスポーツは「基本的人権」の一つではなく、「国威発揚」のために行われる。人は殺さないが「戦争」なのだ。そういう国でもスポーツメーカーはビジネスを行っているが、ビジネスは限定的だ。
山川穂高の女性に対する「強制わいせつ致傷」事件は、MLBでは、警察の捜査を待つことなく「一発退場」になったはずだ。球団やMLB機構が少しでも選手の肩を持つような姿勢を示せば、女性や人権を大事にする人たちの猛反発をくらう。球団、MLBが「ユニバーサルな価値観」を持ち、世界の人々と連帯していることを示すためにも、こうしたトラブルには毅然とした態度を示す必要があるのだ。
この事件が、完全な濡れ衣だったのならともかく、山川穂高に何らかの落ち度があったことは明らかな現段階で「まだ犯罪行為が決定したわけではない」「捜査の進展を見守る」と言う姿勢は「たとえ山川がレイプ未遂を犯したとしても、大したことではない」という日本の球団や一部世間の「価値観」を露呈している。
日本は未開で遅れた国だと痛感する。情けないことだ。
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