岩﨑 和人
いわさき・かずと
1954年、福岡県生まれ。九州大学大学院工学研究科情報工学専攻課程修了後、1981年に九州電力入社。90~94年にQTnetへ出向するなど情報通信部門を歩み、2010年に電子通信部長、11年に情報通信本部部長、12年より日本棋院九州本部理事。14年に執行役員情報通信本部長を経て、16年よりQTnetの代表取締役社長を務める。
髙田 旭人
たかた・あきと
1979年、長崎県生まれ。東京大学卒業後、証券会社を経て、ジャパネットたかたへ入社。ジャパネットコミュニケーションズ代表取締役社長、ジャパネットたかた取締役副社長を経て、2015年1月、ジャパネットホールディングス代表取締役社長に就任。2019年には通信販売事業に加え、スポーツ・地域創生事業をもう一つの柱とする「リージョナルクリエーション長崎」を設立。現在はホールディングスを含む5社の代表を務める。
eスポーツで地域を盛り上げ
――QTnetは2021年夏、福岡市中心部の天神に、西日本最大級のeスポーツ総合施設「チャレンジャーズパーク」(チャレパ)をオープンしました。対戦が可能な円形スタジアムやプレイエリアのほか、ショップやカフェ、配信ブースも備えています。eスポーツに力を入れることになったのは、どうしてだったのでしょうか。
QTnet・岩﨑和人社長(以下、岩﨑):世界的なeスポーツの流行を肌で感じ、2年前からプロジェクトを進めました。eスポーツ先進国の韓国をはじめ、池袋や渋谷など世界中のeスポーツスタジアムを見学。プロeスポーツチーム「Sengoku Gaming」を立ち上げ、どこにもない施設を造ろうとはっぱをかけ、チャレパが完成しました。
コロナ禍の影響を受けましたが、チャレパがオープンして1年が経ちました。音声、カメラ、編集機器などを兼ね備えたネット配信用のスタジオがよく使われており、スタジオビジネスとしても芽が出始めています。
ジャパネットホールディングス・髙田旭人社長(以下、髙田):eスポーツもサッカーやバスケットボールも同じスポーツです。同じ服を着て、同じものを応援して、同じ瞬間を喜んで楽しむ。そうしたスポーツの魅力と地域の魅力を掛け合わせることに意味があります。
ジャパネットグループが運営するJリーグのV・ファーレン長崎、Bリーグの長崎ヴェルカが、東京や大阪のチームと白黒つけられるということができるんですね。長崎を盛り上げるには、満員のスタジアムやアリーナで、V・ファーレンがJ1、ヴェルカがB1で優勝するような世界をつくりたいです。地域の自信につながる原動力として、スポーツと地域創生は相性がよく、結果的に人口増にもつながると思っています。
岩﨑:地域から日本一や世界一になる成功体験は重要ですよね。QTnetのプロeスポーツチーム「Sengoku Gaming」は2度日本一になりました。将来、世界一になって、九州をもっと盛り上げていきたいですね。
今は様々な制作や発信も東京周辺に集まっています。しかし、九州に根ざして闘っている我々としては「eスポーツの文化や市場は九州から創るんだ」という意気込みです。
民設民営スタジアムで地域創生
――ジャパネットグループが進めている「長崎スタジアムシティプロジェクト」は、どのような目的で立ち上げたのでしょうか。
髙田:V・ファーレン長崎を2017年にグループ会社化して地元がいっそう身近になってきたところで、長崎市のど真ん中に約7ヘクタールの土地が空くという話を聞きました。見に行くと色々な未来が想像できて感動し、やってみようと決意しました。
日本ではスポーツ施設は行政が頑張るものという空気がありますが、世界を見渡せば十分にビジネスとして成立しています。民設民営で責任をもってスポーツ中心の地域創生をやろうと決めたのが、このプロジェクトです。
――ピッチから最短で約5メートルという臨場感のあるスタジアムのほか、アリーナ、オフィス、ホテル、商業施設まで一体化した夢のあるプロジェクトですね。
髙田:観光資源が多い長崎で、サッカーやバスケットの試合を遠方から見に来ていただく方のために、客室からピッチが見えるホテルを建設しています。そのようなホテルは世界中探してもほとんどなく、ないなら作ってしまおうというコンセプトです。
スポーツビジネスのポイントは試合やイベントがない日にどれだけにぎわいが創出できるかです。ホテルのほかにオフィスや商業施設も設けます。地元の方にも公園のように使っていただく施設にしたいです。
岩﨑:「世界のどこにもないから作ろう」というところに共感を覚えます。成功モデルはないのに挑戦するところがいいですね。関東など遠方の方にも体験してもらうという発想は、なるほどと思いました。
トライアルアンドエラーでやってみる
――プロジェクトでは完全キャッシュレスを導入する計画で、デジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させようとしています。
髙田:目指しているのは、IT化を進めて生産性が高い仕組みをつくることです。完全キャッシュレスも最初は抵抗があるかもしれません。でも出店するテナントにとっては計算の負担が減ったり、小銭が不要になったり、作業効率が上がることが期待されます。IT化の実現で、民間ならではの「まずはやってみましょう」という決断の雰囲気が生まれてくる気がしています。
岩﨑:「ああでもない、こうでもない」と考えてばかりではなく、やってみて、それから修復するという文化はQTnetも同じですね。もちろん将来のビジョンを描いて綿密に計画することもあります。でも、個別ではトライアルアンドエラーでいろいろやってみることが大切だと思っています。
髙田:本当にそう思いますね。走りながら考えるというのは、父(創業者の髙田明さん)の代からの強みでもあります。今回はそれを大規模にして、プロジェクトにチャレンジする形です。ドキドキするし、みんなもがいていますが、2万人のスタジアムが満員になった世界を想像すると、本当に楽しみです。
高度情報化で進める課題解決
――両社は公共性の強いビジネスやプロジェクトを手がけています。お二人が考える地域企業の社会的な責任や役割とは何でしょうか。
岩﨑:QTnetは今年で35周年になります。創業当時から九州の高度情報化を進めて、地域活性化を進めるという理念を持っています。
九州の高度情報化を図ることで全国に匹敵し、ほかを超えていくような地域にしようという思いは今も変わりません。地域を応援するという点ではジャパネットさんと同じです。最近は国もデジタル田園都市国家構想を掲げ、地方のデジタル化への投資を促そうとしています。ようやくそういう時代に来たなと実感しているところです。
髙田:企業は世の中の社会課題をクリアにするために存在すると思っています。今までは、企業が本業で得た利益を寄付するといったCSR(コーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティ)が叫ばれていましたが、これからはCSV(クリエーティング・シェアド・バリュー)が大切だと考えています。
感動のためにお金を寄付するのではなく、感動を生みながらビジネスとして自走し、持続可能な世界を生み出したい。私たちが長崎スタジアムシティプロジェクトを成功させたら、全国の民間企業が真似してくれて、日本中の地域が元気になる。そんな想いが根っこにあります。プロジェクトが完成したら、収支も含めて情報をオープンにする予定です。
モビリティ普及で見据える未来
――QTnetは2021年、シェアサイクルなどを展開する「neuet」や、デジタルモビリティサービスを進める「Future」、電動キックボードのスタートアップ「mobby ride」に相次いで出資しています。この狙いは何でしょうか。
岩﨑:今後はモビリティの世界が当然になるんじゃないかと感じています。管理や課金にはIT技術が必要なので、QTnetが提供するサービスも使えます。現在は福岡都市圏を中心にサービスを進めていますが、今後は交通渋滞が起きにくい地域などでも展開したいです。私たちが実践し、結果を出せれば、世の中にモビリティサービスを広めていけると思っています。
髙田:そのような次世代交通サービス「MaaS」(マース)は大切になりますね。私たちも、新しいスタジアムには公共交通機関で来てもらいたいと思っています。実はスタジアムでは、できたてのクラフトビールが味わえる醸造所を作る予定です。地方は車社会ですが、お酒を飲みたいから公共交通機関を使うという順番にしたいです。
駐車料金もICTを使いながら、試合後1時間後の出庫は追加料金が千円かかるけど3時間後なら無料という仕組みもありえます。渋滞を生まない工夫を重ねていきたいです。
産学連携から生まれるエネルギー
――両社とも産学連携に意欲的ですね。
岩﨑:QTnetは九州工業大学や九州産業大学と一緒に、ローカル5Gの研究を進めています。地場の大学はいい面をたくさん持っていますが発信の場が少ないんですね。そこにローカル5Gという新たな技術を投入してユースケースを作れたらと思っています。全国に先駆けて新しいことができると知ってもらい、その結果、地域で新しいことに取り組みたい学生が増えるのではないかと考えています。優秀な学生が地域に残って活動できる土壌があることは地域創生にとって良いサイクルになるのではないでしょうか。
髙田:長崎スタジアムシティプロジェクトのオフィス棟第1号テナントとして、2024年度の開設に向けて設置構想中である長崎大学大学院(情報データ科学分野)と入居について基本合意しました。
長崎市は人口流出が課題ですが、AIやデータ系に強い教育機関を誘致することで、長崎の優秀な人材を欲しがっている全国規模の企業に来てもらおうと思っています。そうなれば仕事が増えて、賃金水準が上がり、長崎を離れる人も少なくなるのではないでしょうか。
生産性を高めるオフィスづくり
――QTnetもジャパネットHDも福岡市中心部に新しいオフィスをつくるなどして、多様な働き方を提案しています。
岩﨑:QTnetは2022年、福岡市赤坂に第二本店にあたるオフィスを作りました。16年から「QTnetスマートワーク」と名付けて、テレワークを推奨していました。ツールと制度がすでに整備されていたので、新型コロナウイルスの感染拡大で最初の緊急事態宣言が出ても、翌日からは全社完全テレワークに対応できました。これを社会的な課題ととらえ、知見を生かして企業のテレワーク環境整備のご支援につながっています。
コロナ禍でオフィスを作ったので、テレワーク率50%を前提に300席くらいに抑えています。社員が働きやすいオフィス環境にしており、居心地はいいようです。
髙田:以前のジャパネットは「みんなで遅くまでがんばるぞ」という昭和時代の空気が残る会社でした。しかし、私が就任してからはノー残業デーを設け、現在は月・水・金をノー残業デーとしています。また、全員が年に1回は16連休もしくは9連休を取るルールを設けました。
休んでもむしろ生産性が高まることを証明するには、まず快適なオフィス環境が重要です。実は社長就任直後に、不要な資産など計70トンを捨てた経緯があります。ジャパネットが福岡市天神に設けた新オフィスでも、備品を納めるボックス1人1個のみにして、紙の印刷はせず、パソコン上でデータ共有するなどしています。長崎スタジアムシティプロジェクトのオフィスに入居する企業にも、そうした働き方を後押ししたいと考えています。
岩﨑:社員の皆さんが付いてきてくれたのがすごいと思います。「16連休なんて無理ですよ」という声もありそうですが、どう乗り越えられたのですか。
髙田:まずは社員数を増やしました。そしてパソコンを全部ノート型にして、スピードが遅ければ速いものに替え、Wifiも高速化するなどしました。できない理由をどんどん潰していったのです。
顧客に寄り添うサービスで最高評価
――両社ともカスタマーサービスを評価するHDI格付けベンチマークで、最高評価の三つ星を獲得しています。具体的にはどのようなサービスを構築しているのでしょうか。
髙田:社長になって最初につくったのがアフターサービスの会社でした。自分たちで電話を取って修理もする300人体制の会社で、成果を出しています。電話を取った瞬間から72時間以内に製品を修理して戻すという目標を定め、当初は達成率約17%でしたが、今は約50%まで上がりました。コストがかかっても、お客さんとの信頼関係を積み上げることを大事にしています。
岩﨑:髙田社長のお話を伺って、うちも間違っていないと思いました。一般にコールセンターはつながりにくいという印象ですが、QTnetはつながるコールセンターなんです。30秒以内の応答率は90%で、国内でダントツです。応答率を高めるためにブースを増やせばコストはかかります。でも、お客様の接点はコールセンターにあり、いわば最前線です。30秒以内の応答で気持ちに寄り添った対応を追求しています。
地域を変える実行力と柔軟性
――最後に地域に根ざす企業として、改めて地域創生への思いを聞かせて下さい。
髙田:長崎は東京からは遠いですが、見方を変えればアジアの中心とも言えます。長崎が自力で盛り上がる仕組みを作り、その先で日本全国が盛り上がることが社会課題の解決として一番健全だと思っています。都心は人が多くて、地域は人が少なくて悩んでいます。そうした課題を自然な流れで解決できるのが地域創生だと思っています。自分の人生をかけたチャレンジをみんなと一緒にやり、これから成果を出せたらと思います。
岩﨑:九州のブロードバンド普及率が40%台という時代から始まって、今や普及率の議論も減りました。これからは自治体などと連携しながら、ITソリューションを提供することが、社会課題の解決につながると思っています。地域を高度情報化して九州全体を豊かにしたいです。そして九州を中心に東京に負けない、逆に東京に技術やサービスを「輸出」するようなことができたらと思います。
(構成・山本陽子、撮影・是本信高)
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